東京地方裁判所 平成7年(ワ)8735号 判決 1995年12月06日
原告
妹尾隆雄
ほか一名
被告
岸本仁志
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告妹尾隆雄に対し、金二二七万四四八八円、同中村直美に対し、金二二七万四四八八円及びこれらに対する平成六年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を、いずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その八を原告らの負担とし、その余を被告らの負担する。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、連帯して、原告妹尾隆雄(以下「原告隆雄」という。)に対し、金一五五七万〇五七四円、同中村直美(以下「原告直美」という。)に対し、金一五五七万〇五七四円及びこれらに対する平成六年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
(一) 事故日時 平成六年三月一六日午前一〇時一〇分ころ
(二) 事故現場 福島県板野郡板野町犬伏字中二番地の一
(三) 被害車両 普通乗用自動車
運転者 訴外妹尾みよ子(以下「訴外みよ子」という。)
(四) 被告車 普通貨物自動車
運転者 被告岸本仁志(以下「被告岸本」という。)
所有者 被告にしき運送株式会社(以下「被告にしき運送」という。)
(五) 事故態様 被告岸本が被告車を運転して本件現場の交差点(以下「本件交差点」という。)を直進して進行しようとしたところ、左方から進行してきた訴外みよ子運転の被害車両と出会い頭に衝突し、訴外みよ子は、右顎関節部、上顎骨骨折、脳底骨折、脳挫傷の傷害を負い、同日午前一〇時四〇分ころ、右傷害により死亡した。
2 責任原因
(一) 被告岸本
被告岸本は、制限速度を遵守して進行するはもとより、本件交差点は、見通しの悪い交差点であるから、左方から進入してくる車両の動静を注視して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、被告車を運転した結果、本件事故を惹起した過失があるので、民法七〇九条により、損害を賠償する義務がある。
(二) 被告にしき運送
被告にしき運送は、被告車の所有者であり、本件事故当時、被告車を自己の運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法三条により、損害を賠償する義務がある。
3 相続
原告隆雄は、訴外みよ子の夫であり、同直美は、訴外みよ子の子供であり、唯一の相続人であつて、各二分の一ずつ、訴外みよ子の損害賠償請求権を相続した。
二 争点(過失相殺)
被告らは、「被告岸本は、優先道路を走行しており、訴外みよ子は、一時停止標識を無視し、一時停止をすることなく本件交差点に進入してきた結果、本件事故が発生したものであり、このような本件事故の態様に鑑みると、訴外みよ子の損害額の算定に当たつては、七ないし八割の過失相殺が認められるべきである。」と主張している。
第三争点に対する判断
一 甲七、一一、乙四ないし六、被告岸本本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 本件交差点は、被告車が進行してきた中央線の表示で区分され片側一車線の道路(以下「本件道路」という。)と、被害車両が進行してきた通行区分のない道路(以下「被害車道路」という。)の交差する、信号機により交通整理の行われていない交差点である。本件交差点付近では、本件道路及び被害者道路のいずれもほぼ直線であるが、被告路は、本件交差点の先では、直線ではあるものの、被害車道路とは幅員が異なり、かつ、わずかにずれを生じており、本件交差点は、変形した交差点の形態をしている。本件交差点は、被告岸本の進行側から見て、正面は障害物もなく、見通しは良好であるが、訴外みよ子が進行してきた道路側(左方)には民家のブロツク塀が設置されており、被告岸本及び訴外みよ子進行路の双方から見通しは極めて不良である。本件交差点には、被告岸本の進行してきた方面から見て右側、訴外みよ子が進行してきた方面から見て正面に、カーブミラーが一基設置されている。
本件道路は、歩車道の区別及び路側帯はなく、その幅員は、実況見分調書(乙一)添付の図面の縮尺等から判断すると約六・六メートルである。他方、被害車道路は、同様に、実況見分調書添付の図面の縮尺等から判断すると、その幅員は約六メートルであり、交差点入り口付近では約八メートルである。本件道路は道路交通法上の優先道路であり、被害車道路上には、交差点入口手前に一時停止線が表示されている。また、本件道路の制限速度は、三〇キロメートル毎時である。
2(一) 被告岸本は、牛乳の集配のため、被告車を運転し、制限速度を約一〇キロメートル超過した時速約四〇キロメートルの速度で本件交差点にさしかかつた。被告岸本は、本件交差点の左方の見通しが悪いことは分かつていたが、左方から進入してくる車両はないと軽信し、左方を確認することなく、かつ、本件交差点の右側に設置されているカーブミラーを注視して左方からの進入車両の有無、動静を注視することなく、時速約四〇キロメートルの速度のままで直進した。被告岸本が、左方を注視していれば、被告岸本が後記のとおり最初に被害車両を発見した地点よりも手前で、少なくとも一時停止線付近を走行し、本件交差点内に進入しようとしている被害車両を発見することが可能であつた。ところが、被告岸本は、左方の注視を全く欠いていたため、被害車両の発見が遅れ、本件交差点中央付近から手前約八・七メートルの地点に至つて初めて、左前方約一一・七メートルの地点に、本件交差点に進入してきた被害車両を発見し、危険を感じ、直ちにブレーキをかけたが、及ばず、被告車前部を被害車両の左側部に衝突させた。
(二) 被告らは、訴外みよ子は、一時停止をせずに、被告車を運転して交差点内に進入してきたと主張するところ、被告岸本は、訴外みよ子は一時停止をせずに本件交差点内に進入してきたと思うと、右主張に沿う供述をしている(被告岸本本人尋問)。
しかしながら、被告岸本は、左方を注視し、被害車両の動静を確認していたものではなく、単に、被害車両が本件交差点内に進入してきた状態を見て、突然進入してきたように見えたので、一時停止していないと思うと、推測を述べているに過ぎないのであり、被告岸本の右供述だけで、訴外みよ子が一時停止をせずに本件交差点内に進入してきたと認めることはできない。
他方、被害車道路は、被害車両の進行方向から見て右側の見通しの極めて悪い道路で、一般的には、この様な道路から交差点内に進入しようとする車両が、一時停止をせずに交差点内に進入するとは考え難く、被告岸本が制限速度を約一〇キロメートル超過した時速約四〇キロメートルで進行してきたため、訴外みよ子から見て、被告車の発見がより困難になつていたことは容易に推測できること等を考えると、訴外みよ子が、本件交差点内に進入するに当たつて、一時停止をしていなかつたとは、通常は認め難く、他に、訴外みよ子が、本件交差点内に進入するに当たつて、一時停止をしていなかつたと認めるに足りる証拠はないので、被告らの主張は採用できない。
二 以上によれば、本件は、優先道路である本件道路を走行中の四輪車である被告車が、本件交差点を直進しようと本件交差点内に進入したが、左方の注視を欠いたため、一時停止をして本件交差点に進入してきた四輪車である被害車両の発見が遅れ、被害車両と衝突し、被害車両を運転していた訴外みよ子を死亡させたという事案である。
被告車は優先道路である本件道路を走行していたが、本件道路は、歩車道の区別及び路側帯はなく、その幅員も約六・六メートルと狭い上、被害車道路と、ほとんど幅員は変わらず、逆に、交差点入り口付近では被害車道路の方が幅員が広くなつている。しかも右方は田畑であるが、左方には民家が建ち、かつ、その塀で、左方の見通しが極めて悪い状況であり、事故発生の危険が大きく、制限速度も、法定の六〇キロメートル毎時の半分の三〇キロメートル毎時に制限されているのである。本件道路が優先道路であるため、被告岸本には、法律上、徐行義務こそ科せられてはいないものの、この様な本件道路及び本件交差点の状況に鑑みると、被告岸本は、制限速度を遵守し、かつ、前方注視を厳にし、左右の進路からの進入車両の有無に最善の注意が必要とされると認められる。しかも、車両が左方から進行してくる気配のうかがわれる場合には、優先道路を進行していた車両といえども、危険を察知し、進んで臨機の措置に出て結果を回避すべき義務を負うものである。
ところが、被告岸本は、左方を全く注視することなく進行したのであり、左方を注視していれば、被害車両を早期に発見し得たと認められ、その結果、被害車両との衝突を回避し得たか、あるいは、衝突は避け得なかつたとしても、被害の程度をより軽減できたことは明らかである。さらに、被告岸本は、制限時速を一〇キロメートル毎時超過した速度で進行していたのであり、これが、訴外みよ子が被告車の発見が遅れたか、その速度の判断を誤つた原因となつているとも認められ、被告岸本の注意義務違反の程度は著しいと認められる。
他方、訴外みよ子も、一時停止をしていなかつたとは認めがたいものの、右方の十分な注視を欠き、優先道路を走行中の被告車の進行を妨害したのであるから、訴外みよ子の注意義務違反の程度も著しいと認められる。
これらの諸事情を総合して判断すると、本件では、訴外みよ子の損害から五割を減殺するのが相当である。
第四損害額の算定
一 訴外みよ子の損害
1 治療関係費 一七万八二九四円
甲四ないし六、八によれば、訴外みよ子は、本件事故後、医療法人十全会井上病院に入院し、治療費等として一七万八二九四円を要したことが認められる。
2 葬儀費用 一二〇万円
甲九の一ないし一五及び弁論の全趣旨によれば、本件と因果関係の認められる葬儀費用は一二〇万円と認めるのが相当である。
3 逸失利益 一八二四万六〇四九円
甲一、二、一〇、乙二及び弁論の全趣旨によれば、訴外みよ子は、本件事故時満六一歳の女性であつたが、靴下の販売業を営むかたわら、家事にも従事していたことが認められるので、原告ら主張のとおり、訴外みよ子は、平均余命の二分の一の期間の一二年間にわたり、賃金センサス平成五年第一巻第一表女子労働者六〇ないし六四歳の二九四万〇九〇〇円の収入を得ることができたものと推認するのが合理的である。したがつて、訴外みよ子の逸失利益は、右の二九四万〇九〇〇円に、生活費を三〇パーセント控除し、一二年間のライプニツツ係数八・八六三二を乗じた額である金一八二四万六〇四九円と認められる(一円未満切り捨て、以下同)。
294万0900円×0.7×8.8632=1824万6049円
4 慰謝料 二二〇〇万円
証拠上認められる諸事情に鑑みると、本件における訴外みよ子の慰謝料は、二二〇〇万円が相当と認められる。
5 小計 四一六二万四三四三円
三 過失相殺
前記のとおり、本件では、損害からその五割を減殺するのが相当であるので、訴外みよ子の損害額は、二〇八一万二一七一円と認められる。
四 損害てん捕 一六六八万三一九五円
自動車損害賠償責任保険より一六六八万三一九五円が支払われていることは、当事者間に争いがないので、訴外みよ子の損害残額は四一二万八九七六円である。
五 相続 各二〇六万四四八八円
原告らは、右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したので、原告らの損害額は、各二〇六万四四八八円となる。
六 弁護士費用 各二一万円
本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、原告ら各自について金二一万円と認められる。
七 合計 各二二七万四四八八円
第五結論
以上の次第で、原告らの請求は、被告らに対し、原告隆雄に対し金二二七万四四八八、同直美に対し金二二七万四四八八及びこれらに対する平成六年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。
(裁判官 堺充廣)